2018年7月20日に厚生労働省から、2017年の日本人の平均寿命が男女共に過去最高を更新し、女性87.26歳、男性81.09歳となり、日本の女性は3年連続の世界2位、男性は世界3位になったことが発表されました。
そんな中「日本人の食事摂取基準(2015年版)」では、生活習慣病の発症予防とその重症化予防を目的として、一歳以上の人を対象に、新たにエネルギー産生栄養素バランスの目標量(たんぱく質:13~20%、脂質:20〜30%、炭水化物:50~65%)の範囲が設定されました。
平成29年「国民健康・栄養調査」の結果(厚生労働省)によれば、日本人全体の平均脂質摂取状況は約27.7%であり、若い年代は多く摂取している割合が多いが、エネルギー産生栄養バランスはほぼ望ましい状況と考えられ、日本が世界で有数の長寿国になれたことと深く関係するとも言われています。
脂質の目標量は、飽和脂肪酸が18歳以上の男女において7%以下、それ以外の脂肪酸はn-6系脂肪酸とn-3系脂肪酸の目安量(g/日)が定められていて、男性30〜49歳の場合n-6系脂肪酸10g、n-3系脂肪酸2.1gです。
飽和脂肪酸は摂りすぎると、血液中のLDLコレステロール(悪玉コレステロール)が増加し、動脈硬化性疾患、特に心筋梗塞のリスクが増加することが予想されています。
欧米諸国においては、トランス脂肪酸に関する勧告やトランス脂肪酸、飽和脂肪酸等の表示の義務化を進めている国もありますが、日本人の摂取量は、WHOが示す上限値よりも低い1%未満である 平均的な日本人の食生活においてトランス脂肪酸の影響は大きくないと考えられ、現段階ではトランス脂肪酸の規制や表示制度は予定されていません。
食事から摂取する脂質は、多すぎても少なすぎても健康に悪影響を及ぼす可能性があるため、バランス良く摂取することが望まれています。
トランス脂肪酸とは、脂質の構成成分である不飽和脂肪酸の一種です。不飽和脂肪酸は炭素二重結合に結び付く水素の向きで、シス型とトランス型の二種類に分かれ ます。
図1 に示すように、図左側のシス型は炭素鎖が折り曲がっていますが、右側のトランス型はまっすぐな構造をしており、飽和脂肪酸に近い構造と働きになりま す。天然ではほとんどの場合、不飽和脂肪酸はシス型で存在します。
マーガリン、ショートニングなどを製造する際に、融点を調節する時にトランス脂肪酸が生成する場合があります。その他にも、脱臭のためシス型不飽和脂肪酸を200℃以上の高温で処理した食用植物油などにもトランス脂肪酸が含まれています。
また、牛などの反芻動物では第一胃の中の微生物の働きによって、トランス脂肪酸が作られます。そのため、牛肉や羊肉、牛乳や乳製品の脂質には微量のトランス脂 肪酸が含まれています。
なお、脂肪酸の主な働きは次の通りです。
∼ 脂肪酸の分類と働き ∼
脂肪酸は、食品中に含まれる脂質の主な成分です。脂肪酸は大きく飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸(一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸)に分類でき、特徴や働きもさまざまです。
飽和脂肪酸
飽和脂肪酸を摂りすぎると、悪玉コレステロールや中性脂肪を増やし、動脈硬化、心疾患のリスクを高めることが報告されています。
一価不飽和脂肪酸
・n-9系脂肪酸
代表的なものがオレイン酸は、血液中のコレステロール、特に悪玉コレステロールを減少させる働きがあります。
多価不飽和脂肪酸
・n-6系脂肪酸
植物油に多く含まれるリノール酸は血液中のコレステロールを減少させますが、過剰摂取は、動脈硬化、アレルギー症状が生じやすくなります。
・n-3系脂肪酸
青魚に多く含まれているDHA(ドコサヘキサエン酸)はn-3系脂肪酸の一つでコレステロールや中性脂肪を減らして、動脈硬化・高脂血症を予防します。
トランス脂肪酸は長期間の過剰摂取により、悪玉のLDL-コレステロールを増やし、善玉のHDL-コレステロールを減らすことが指摘されています。また、その結果として、動脈硬化などによる心疾患にかかるリスクなどの健康被害が指摘されています。
トランス脂肪酸に関する疫学調査の結果から、トランス酸摂取量のエネルギー比が2%以下であれば健康への影響はほとんどないとされています。
2003年、「食事、栄養及び慢性疾患予防に関するWHO(世界保健機関)/ FAO(食糧農業機関)の合同専門家会合」では、心臓血管系の健康増進のため、食事からのトランス脂肪酸の摂取を低く抑えるべきであり、1日当たりのトランス脂肪酸の平均摂取量は最大でも総エネルギー摂取量の1%未満とする目標基準を設けられました。
日本では、「食品に含まれるトランス脂肪酸に関する食品健康影響評価(リスク評価)」(2012年3月、食品安全委員会より公表)および「トランス脂肪酸に関するとりまとめ」(2015年5月、消費者委員会より公表)によると、大多数の日本人のトランス脂肪酸摂取量はWHOの目標(勧告)を下回っています。脂質に偏った食事をしている人は留意する必要があるものの、通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられるとの見解が示されました。
そんな中、2015年6月にFDA(米国食品医薬品庁)は、部分水素添加油脂をGRAS(一般的に安全が確認されている物質)の対象から除外し、食品への使用の原則禁止を決定しました。(脱臭のため高温で処理した食用植物油や、牛肉や羊肉、牛乳や乳製品の脂質は除外の対象には含まれていません。)この規制は3年間の猶予期間を経て、2018年6月18日より開始されています。
この動きを受けて、内閣府食品安全委員会は「食品に含まれるトランス脂肪酸の食品健康影響評価の状況について」を更新(2015年6月19日)し、また、2018年5月24日に食品安全委員会が報道関係者に対して行った意見交換会資料「脂質の摂取~トランス脂肪酸を理解するために~」では、脂質の働きや体内での役割、脂肪酸の種類による影響等、トランス脂肪酸だけではなく、栄養素の中での脂質の重要性についても触れ、その中で過剰摂取を避けて、バランスの良い食事を心がけることが大切との見解を示しています。
平成19年度国民健康・栄養調査のデータを基に、トランス脂肪酸のリスク評価の結果、日本人1日当たりのトランス脂肪酸摂取量は平均0.7gであり、総エネルギー摂取量の0.3%でした。WHOの目標である対総エネルギー摂取量の1%未満の約1/3と摂取量が諸外国に比べて少ないため、平均的な日本人の食生活においてトランス脂肪酸の影響は大きくないと考えられるとの見解を示しています。ただし、これらは日本人の平均的な食事内容で評価しているため、脂肪の多い菓子類の食べ過ぎなど偏った食事をしている場合を考慮されていません。
調査年 | 平均摂取量(g/人/日) | 一日当たりの総エネルギー 摂取量に占める割合 |
|
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米国 | 2000~2002年 | 5.6(20~59 歳) | 2.2% |
2003~2004年 | 男性2.0% 女性1.9% |
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カナダ | 2005~2006年 | 2.2% | |
EU | 1996~1999年 | 男1.2~6.7 女1.7~4.1 | 男0.5~2.1% 女0.8~1.9% |
日本 | 2006/2010年 | 0.7 | 0.31% |
食品安全委員会「食品中に含まれるトランス脂肪酸に関する食品健康影響評価」(2012年3月)より
調査年 | 一日当たりの総エネルギー 摂取量に占める割合 |
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米国 | 2009~2010年 | 1.1% |
カナダ | 2008年 | 1.42% |
オーストラリア | 2011~2013年 | 0.6% |
イギリス | 2011年 | 0.5~0.6% |
日本 | 2006/2008年 | 0.31% |
食品安全委員会「脂質の摂取~トランス脂肪酸を理解するために~」(2018年5月)より
諸外国では栄養成分表示の一環としてトランス脂肪酸の含有量の表示の義務化が進んでいる国もあります。日本では、消費者庁が食品事業者に対しトランス脂肪酸を 含む脂質に関する情報を自主的に開示する取り組みを促す目的で「トランス脂肪酸の情報開示に関する指針」を公表しました。(2011年2月21日)さまざまな疫学調査では、トランス脂肪酸の摂取や飽和脂肪酸およびコレステロールの過剰摂取と心疾患のリスクとの関連が明らかになっています。
2011年、消費者庁は食品事業者が任意でトランス脂肪酸の含有量を表示する際の指針をまとめました。その際には栄養表示基準に定める一般表示事項に加え、トランス脂肪酸だけではなく、飽和脂肪酸・コレステロールも合わせて表示しなければなりません。食品100g 当たり(清涼飲料水等にあっては 100ml 当たり)のトランス脂肪酸の含有量が 0.3g 未満である場合、トランス脂肪酸0(ゼロ)と表示できます。
2015年4月1日からスタートした食品表示制度においても表示の考え方は変わっていません。なお、トランス脂肪酸を任意表示する場合は、飽和脂肪酸・コレステロールも合わせて表示しなければなりません。
油脂業界ではトランス脂肪酸に対する健康への影響を考え、平成10年代前半より低減化の検討を進めた結果、現在パン・菓子類等の原材料として使用される多くの加工油脂製品で大幅なトランス脂肪酸量の低減化が図られています。
トランス脂肪酸量低減に採用される代表的な手法としては、エステル交換技術、分別技術、結晶調整技術などが知られています。下記の製品中の調査結果を比べるとH26・27は、試料の採取方法や分析方法が異なるものの、H18・19よりトランス脂肪酸濃度が低くなっています。
値は中央値 (カッコ内は範囲) | 脂質(g/食品100g) | トランス脂肪酸(g/食品100g) | ||
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H18,19 | H26,27 | H18,19 | H26,27 | |
食パン | 4.1 (2.8-6.0) | 3.6 (2.5-5.3) | 0.077 (0.029-0.32) | 0.03 (0.02-0.15) |
菓子パン | 12.3 (2.9-20.2) | 14 (6.3-21) | 0.27 (0.039-0.78) | 0.18 (0.04-0.42) |
クロワッサン | 23.0 (17.1-26.6) | 27 (24-30) | 0.82 (0.29-3.0) | 0.54 (0.22-2.6) |
マーガリン | 82.6 (81.5-85.5) | 83 (81-87) | 8.7 (0.36-13) | 0.99 (0.44-16) |
ショートニング | 100 | 100 | 12 (1.2-31) | 1.0 (0.46-24) |
調査結果の一例(H18は食品安全委員会、H19,26,27は農林水産省)
※ 測定した炭素数 14,16,18,20,22のトランス脂肪酸のうち、H18,19時は、炭素数14のトランス脂肪酸は対象に含まれていない。 食品安全委員会「脂質の摂取~トランス脂肪酸を理解するために~」(2018年5月)より。
内閣府食品安全委員会、農林水産省からは『トランス脂肪酸のみならず、飽和脂肪酸も含めた脂肪の摂り過ぎ、食事性コレステロールの多量の摂取も心疾患のリスクを高めるため、食生活において脂肪全体の摂取について注意する必要があります。』と示しています。 生活習慣病予防や健康的な生活を送るためには、脂っこい食事の過度な摂り過ぎを控えて、穀物、野菜、果物などさまざまな食品から栄養バランスの良い食事を適量摂るように心がけることが重要です。
2018年10月